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Chemsex研究 Part 1
「Chemsex」というのは、「合成薬物(Chemicals)の影響下で行われるセックス」という意味の造語の一種です。近年ロンドンやニューヨーク、シドニーなど海外の大都市のゲイシーンでは、GHB/GBLやメフェドロン、覚せい剤などの精神刺激系薬物を使用した状態でのゲイ・バイセクシュアル男性による男性間性交渉の問題がクローズアップされることが増えてきました。これらの薬物の使用による精神的・身体的健康という側面に加えて、薬物影響下での長時間にわたるセックスや多人数でのセックスによるHIVやその他の性感染症の罹患リスクといった、ゲイ・バイセクシュアル男性における「性の健康」に関する側面からの問題提起が多くなされています。
今回紹介するこの「Chemsex研究」という調査は、2014年にロンドン大学の研究グループから発表されたもので、南ロンドン(ゲイ関連の商業施設が集中する地域)に住むゲイ・バイセクシュアル男性を対象とした、セックス時の薬物使用の現状と、薬物使用の社会的規範、すなわちどのような状況でなぜ薬物を使ったセックスをするのか、を明らかにするために実施された調査です。
調査は大きく2つのパートに別れています。まず一つ目は2010年夏にヨーロッパ38か国、約174,000人のMSMが参加して実施されたヨーロッパMSMインターネット調査(European MSM Internet Survey:EMIS)の二次分析で、この調査の回答者のうちゲイ関連の商業施設が多く存立する南ロンドンのLambeth, Southwark and Lewisham地区(以下LSL地区)に居住する回答者の、薬物使用に関する質問とゲイ向け商業施設の利用に関する質問に対する回答データを二次的に分析したものです。そしてもう一つはこのLSL地区に居住しChemsexの経験があるというゲイ・バイセクシュアル男性30名に対して対面インタビューを行い、Chemsexをする動機、どのような効果があったか、ソーシャルノーム(社会規範)、有害事象の経験、有害事象発生時の対処方法と助けを求めた経験、などChemsexに関連した幅広いトピックスについて質問して得た回答を質的に分析したものです。
1. ヨーロッパMSMインターネット調査の二次分析
ヨーロッパMSMインターネット調査(European MSM Internet Survey (EMIS))は、2010年夏にヨーロッパ38か国で約174,000人のMSMが参加して実施された大規模インターネット調査です。ここでは調査項目のうち薬物使用に関する項目とゲイ向け商業施設の利用に関する項目に対する回答を、LSL地区の居住者とロンドン市内およびその他のイギリス国内に居住する人との間で比較しています。LSL地区に住む調査回答者1,142人のうち、過去4週間以内にこれらの薬物を使用したと回答した人の割合は、GHB/GBL(合成麻薬の一種)が10.5%、メフェドロン(合成麻薬の一種)が10.2%、覚せい剤が4.9%でした。この割合はロンドン市内の他の地区に居住するMSMと比べて約2倍、他のイギリス国内に居住するMSMと比べると約4~7倍の高い割合でした(表1)。
最近4週間以内に薬物を使用した人の割合(%) | LSL地区 | ロンドン他地区 | 他のイギリス国内 |
---|---|---|---|
アルコール | 93.2 | 90.6 | 87.6 |
たばこ | 43.5 | 40.0 | 38.7 |
ラッシュ | 38.2 | 33.3 | 26.9 |
抗不安・睡眠薬 | 8.2 | 6.2 | 3.8 |
大麻 | 19.5 | 15.9 | 10.5 |
エクスタシー | 11.7 | 7.1 | 4.1 |
スピード | 1.3 | 1.4 | 1.7 |
覚せい剤 | 4.9 | 2.9 | 0.7 |
ヘロイン | 0.1 | 0.2 | 0.3 |
メフェドロン | 10.2 | 5.2 | 2.9 |
GHB/GBL | 10.5 | 5.5 | 1.6 |
ケタミン | 9.6 | 5.9 | 3.8 |
LSD | 0.6 | 0.4 | 0.3 |
コカイン | 18.0 | 11.0 | 4.8 |
(文献1より、一部改変の上引用)
また、アルコール、たばこを除いた多くの薬物に関して、HIV陽性者のほうがそれ以外の人と比べ、薬物使用割合が有意に多かったという結果でした(表2)。
LSL地区全体 (N=1135) |
HIV検査 | P値 (χ²) |
検査した ことがない (N=132) |
HIV陽性 (N=224) |
最後の検査では HIV陰性だった (N=779) |
---|---|---|---|---|---|
アルコール | 93.3 | 91.7 | 92.0 | 94.0 | .422 |
タバコ | 43.7 | 44.7 | 52.3 | 41.0 | .012 |
ラッシュ | 38.1 | 17.4 | 55.4 | 36.6 | <.001 |
大麻 | 19.5 | 10.7 | 30.3 | 17.9 | <.001 |
コカイン | 17.9 | 6.8 | 34.1 | 15.2 | <.001 |
エクスタシー | 11.7 | 4.6 | 21.7 | 10.1 | <.001 |
GHB/GBL | 10.5 | 1.5 | 25.8 | 7.6 | <.001 |
メフェドロン | 10.1 | 3.0 | 22.5 | 7.8 | <.001 |
ケタミン | 9.5 | 1.5 | 22.6 | 7.1 | <.001 |
抗不安・睡眠薬 | 8.2 | 3.8 | 14.9 | 7.0 | <.001 |
覚せい剤 | 4.9 | 0.0 | 17.2 | 2.2 | <.001 |
スピード | 1.3 | 0.0 | 3.3 | 1.0 | .016 |
LSD | 0.6 | 0.0 | 0.0 | 0.9 | .201 |
ヘロイン | 0.1 | 0.0 | 0.5 | 0.0 | .130 |
最近12カ月間の ステロイド注射 |
3.7 | 2.3 | 7.7 | 2.8 | .002 |
最近12カ月間の ステロイド以外の 注射薬物 |
3.5 | 0.8 | 11.3 | 1.7 | <.001 |
(文献1より、一部改変の上引用)
以上、南ロンドンのLSL地区に住むゲイ・バイセクシュアル男性は、他の地区に住む人と比べ、GHB/GBL、メフェドロン、覚せい剤などの薬物使用経験割合が多いこと、そして特にHIV陽性の人にその傾向が強いことが分かりました。
次のPart 2では、ではなぜ彼らは薬物を使用するのか、どのような使い方をしているのかについて、薬物使用経験のある30名のゲイ・バイセクシュアル男性に行ったインタビュー調査の結果を紹介します。
(Part 2に続く)