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Chemsex研究 Part 2

2016.11.11

2. Chemsexの経験があるゲイ・バイセクシュアル男性30名に対するインタビュー調査

前回ご紹介したPart 1では、南ロンドンに住むMSMの薬物使用下でのセックスに関する研究「Chemsex研究」の中から、南ロンドンのLSL地区に住むゲイ・バイセクシュアル男性は、他の地区に住む人と比べ、GHB/GBL、メフェドロン、覚せい剤などの薬物使用経験割合が多いこと、そして特にHIV陽性の人にその傾向が強いといった量的研究の結果を、ヨーロッパMSMインターネット調査(European MSM Internet Survey (EMIS))という大規模インターネット調査の二次分析を用いて紹介しました。続いてこのPart 2では、なぜ彼らは薬物を使用するのか、どのような使い方をしているのかについて、薬物使用経験のある30名のゲイ・バイセクシュアル男性に行ったインタビュー調査の結果を紹介します。

このインタビュー調査の対象はLSL地区に住む18歳以上のゲイまたはバイセクシュアル男性であること、過去12か月以内にセックス時に覚せい剤、GHB/GBL、メフェドロンのいずれかを使用した経験がある人です。この対面インタビューでは、Chemsexをする動機、どのような効果があったか、社会規範、有害事象の経験、有害事象発生時の対処方法と助けを求めた経験、などChemsexに関連した幅広いトピックスについて質問がされました。

表3 インタビュー参加者の基本属性

HIV検査歴
HIV陽性と診断 13
最後の検査では陰性 17
年齢
平均 36
範囲 21-53
居住地区
Lambeth 14
Southwark 11
Lewisham 5
民族性
英国系白人 16
アイルランド系白人 3
その他白人 8
カリブ系黒人 1
その他 2

インタビューの結果多くのことが明らかになりました。まず、彼らが薬物のことを知った場所はSNS、サウナ、クラブでした。また実際に使用した場所は、主に個人の部屋やサウナやハッテン場でした。インタビュー結果を分析した研究者は、スマートフォンやインターネットなどのSNSは薬物使用やChemsexに関する認知度を上げ、使用への敷居を下げる影響を及ぼしているかもしれないと考察しています。

さらに、薬物使用にどのような効果があるのか、という質問に対し、セックスへの自信を高め、自分自身に対する自信のなさを取り除くことが出来るといった回答がありました。特に自分の身体イメージが魅力的でないと感じている人にその傾向がありました。また薬物の使用により性欲を高めることが出来ること、性的な親密さや繋がりの感覚を高めること、より長時間でより多くのパートナーとのセックスを可能にすること、より性的な冒険を可能にすること、などの利点が語られていました。このような大胆なセックスが出来る感覚を多くの人は肯定的に評価していましたが、何人かは時々自分が持っていたセックスの限界線を越えてしまい、自分が取った行動を後悔してしまうことを心配する人もいました。
薬物によって様々な方法でセックスを楽しむことができるようになったものの、ほとんどの人たちは本当のところは自身の性生活に幸せを感じてはいませんでした。多くの人はより親密で感情的にもより深いところで繋がった感じを持てるセックスをするためにパートナーとの関係性が永く続くことを望んでいるものの、薬物を使用しChemsexをする男性とのSNSでの出会いではこのような関係になることは難しいと感じていました。

次に薬物使用がHIVや性感染症の感染リスク行動に与える影響に関しての質問がされましたが、それぞれの回答は様々でした。自身がHIV陽性でかつ相手も同じ陽性者である場合にはコンドームを使わないと回答した人、薬物の影響を受けた状態だと自分の行動をコントロールするのが難しくHIVや性感染症の伝播リスクのある行為をしてしまい後から後悔することがあったと回答した人、リスキーなセックスをするという性的ファンタジーが好きでむしろそのためにChemsexをすると回答した人、Chemsexをしながらも常にセーファーにしており自分には性感染症のリスクはない、と回答した人などがいました。薬物使用とHIVを含めた性感染症罹患のリスクに関してはこれらChemsexを行っている人の間でも一定の明確なパターンはなく、複雑な現状が明らかになりました。

さらにChemsexをすることでどのような悪影響や害があったかについて質問がされました。多くの人が薬物のオーバードーズ(過量投与)や性感染症の罹患、疲労感や離脱症状などを経験していました。過量投与は特にGHB/GBLを投与する人にとっては重大な問題で、何人かは過量投与のために入院した経験があり、パニック発作やてんかん、意識消失を起こした人もいました。何人かは薬物の影響下で性被害の犠牲にあったことがあると回答しました。精神的悪影響としては、約半数が集中力の欠如や認知機能の低下によって仕事に支障が生じたと述べていました。また何人かはパラノイア、不安、易攻撃性などの精神的問題を経験しており、医学的治療が必要な急性躁発作や精神病エピソードを経験した人もいました。
また社会的な悪影響として、インタビューを受けた多くの人が薬物の使用の結果、社会とのつながりが絶たれ、仕事上のキャリアが中断され、周りの人との関係性を深める機会を失ってしまった、と嘆いていました。何名かは社会との関わりよりもセックスを優先させた結果、友人や家族との関係にひびが入ったと述べています。

最後に、どのように薬物使用をコントロールし、使用しない生活を続けていこうとしているのでしょうか。何人かはロンドンから一時的に離れることによって気持ちを落ち着かせる機会をもたせていました。また、長期的に離れることで、使用しない生活をするとともに、新たな人間関係を作ることに言及していました。12ステップを採用した自助グループに参加して回復を目指している人もいました。一方約半数の方が、専門家に一度も相談したことがありませんでした。可能であるならば、安全に薬物を使用する方法あるいは安全にChemsexができる方法を教えてくれる、明確で、信頼できる、非審判的な情報を得たいと思っていました。多くの人が薬物に関する情報やハームリダクションのサービスが、セクシュアルヘルスの現場(医療機関でもコミュニティの場でも)で得ることが出来ればアクセスしやすく便利であると感じており、近い将来そのようになることを希望していました。

以上、南ロンドンのゲイ・バイセクシュアル男性における薬物影響下でのセックス「Chemsex」に関して、ロンドンで流行しているという現状、性感染症などのリスクに与える影響、Chemsexを行う意図や動機、彼らが何を求めているのか、といったことに関する研究を紹介しました。
今回紹介した研究はロンドンで実施された研究ですが、シドニーやニューヨークなどゲイが多く住んでいる海外の都市部などでも、同様の問題が起こっていると多くの専門家から指摘がされています。わが国でも近年ゲイ男性における薬物使用の増加が懸念されており、今後どのような対策をとるべきかを考える上で海外の事例の一つとして参考になるものと思われます。